
「永平寺の一日」。
道元禅師の教えが詰まっております。
私、とても、とても、ビックリいたしました、、、
1 振鈴(しんれい)
永平寺の朝はこの音ではじまる。
夏は3時半、冬は4時半。
まだ明けやらぬ七道伽藍を鈴の音が駆け抜ける。
2 洗面(せんめん)
洗面の作法を中国から伝えたのは道元禅師。
それまで日本に、朝の洗面の習慣はなかった。
汚れたから洗うのではない。
自らを清める事によって、他をも清め、全世界を清めていく行為が「洗面」である。
3 坐禅(ざぜん)
先程まで就寝していた場所がそのまま坐禅の場となる。
「起きて半畳、寝て一畳」、それが僧侶に与えられた自分の場所である。
心の眼、仏の眼をさましていく。
4 勤行(ごんぎょう)
木魚の響きと声をひとつにした雲水の読経がハーモニーとなって重なっていく。
ようやく明けてきた空から野鳥のさえずりが調和する。
自然と一体になった運行の中に美しさと安らぎを見いだす。
5 弁食(べんじき)
道元禅師は食事の心構えについて教えを示されている。
「食材や器を扱うのも自分の眼の玉を扱うにせよ」。
すべての行為が修行なのだから、雑役という役割はない。
6 僧食九拝(そうじききゅうはい)
食事を整えた者が雲水の食事を前に9回お拝をして送り出す。
食事をするということは、仏の命をいただくということに他ならない。
7 行鉢(ぎょうはつ)
朝のメニューは、お粥、ごま塩、たくあん。
脚を組み、お袈裟をかけて座禅のままいただく。
「この食をいただくにみあうだけの行為をおこなっているか」。
8 日天作務(にってんさむ)
座禅とともに、禅寺の特徴としてあげられるものに作務がある。
掃き作務・無心に塵を払う行為は、他を清浄にし、自らも清浄にする。
座禅も作務も手段ではなく、行為そのものが目的であり結果である。
9 夜坐(やざ)
一日の終わりは坐禅。
動から静へと緩やかに時が流れていく。
「一日の身命は尊ぶべき身命であり、自らも愛すべき身心である」。
それは、我々の行為によってそこに仏が出現するからである、と道元禅師は示されている。



